あいからんど

いろんなことに挑戦!主婦の奮闘記

認知症の母から教えてもらったことーー記憶は細胞にとどまる

こんにちは。

あいからんどです。

先日両親と娘と一緒に私が学生時代に育った街に行ってきました。

と言っても目的はその近くにあるアミューズメント施設が目的だったのですが、余力があれば街中にも行ってみようって計画だったのですがアミューズメント施設で既に体力を奪われ街中には行けませんでした(-_-;)

でもその土地に降りたのは数十年ぶりだったので懐かしさがこみ上げてきました。お店や建物は数か所は変わっていましたがその他は全く変わっておらずすぐに数十年前に引き戻されました。

あのファミレスまだある。あそこで友達とお茶したな~。小学校の下校時にあそこの公園で喋って帰りが遅くなって母に注意されたな~。高校時代あの駅で父親に怒られて泣きながら一緒に帰ったな~。走馬灯のように思い出がダダーと溢れてきました。

あの時は未来に対し希望と不安に満ち溢れていました。そんな過去の自分に〇〇年後に自分の娘と両親と一緒にここに訪れてくるよって言ってあげたいなと思いました。

今、私の母は認知症です。なのであの時の母はまだ若かった。元気だった。記憶もしっかりしてた。とすべてが若かった過去を懐かしく思いました。そして過去に戻りたいとも思いました。

「若い」ってほんとにこの年になると一番の宝だと思います。お金では買えないものですよね。よく若いころ年配の方に「若い」ってだけで人生楽しいよね。って言われても当時はよくわからなかったですが今になって「そういうことだったんだ」ってわかります。

でも面白いことに今でも私より年配のかたから「まだまだ若いしこれからよ。」と言われます。結局はあの時も今も「今をどう楽しむか」なんですよね。いくら今が楽しいと言われても本人にその自覚が無ければ楽しめません。

話は母に戻りますが認知症の初期は新しい記憶は構築できないが昔の事はある程度覚えていると言われます。残念ながら母は症状が進んでしまったのかこの街に住んでいたこともほぼ忘れていました。なんとな~く覚えている程度です。私にとってはこの街は青春時代を過ごした思い出が沢山詰まっている街です。母にとっても私や兄がまだ小さかった小学校1年生~社会人になるまで育った街なので思い出がギッシリと詰まっているはずです。その記憶が薄れて無くなっていくのは本当に悲しく、認知症はなんて残酷な病気なんだろうと思います。
木に年輪があるように人にも記憶という年輪があります。母はその年輪がだんだん無くなっていっています。。。

でも私は記憶は脳だけに蓄積するものでは無いと思っています。肌で感じ体験した記憶が体全身に染みついていくのだと思います。

木も年輪だけではなく表面が若木のころと老木とでは違います。
人間も若者と老人とでは肌が違います。これは単に潤っているとかコラーゲンがたっぷりというのとは違います。それは細胞の記憶の量が違うからだと思います。
苦労したかどうかは手を見ればわかると耳にしたことがあります。これはそういった事が含まれているのだと思います。

母がこの街に来て暫くすると何となく思い出せたりうっすらと覚えているのは脳の記憶だけではなく体全体の細胞が記憶を蘇らせたものだと思います。

私は娘にバーチャルな世界ではなく実際に体験して欲しいと思います。また、人の体験談を見たり聞いたりするだけではなく行動に起こして欲しいです。娘は今YouTubeにはまっています。YouTubeを見るのは良いですが人がやっているのを見るだけでなくその後自分も出来るものや興味を持ったものは実際にやれる範囲でやって欲しいです。やった人それぞれ結果が違うし体験したことは細胞に埋め込まれるからです。そのあとに同じ動画を見たらまた違った目で視聴できると思います。

「実際に体験してみる」結局これが細胞に記憶として残るものだと思います。

 

母は73歳です。足腰が丈夫なうちにまだまだいろんなことを体験していって欲しいです。そしてさらに細胞に記憶を残して欲しいです。

「まだまだこれからです。」

 

 

それでは今日はこの辺で。

お読みいただきありがとうございましたm(__)m